冬の朝、寒さと眠気が落ち着いた頃に目を覚ました。時計を見ると11時30分を過ぎていた。寝すぎたようだ、朝食を食べる機会をまた1回逃してしまった。服を着替えて少ししたらもう昼食を考える時間だ。
昼はうどん屋に行くことにした。外食だが香川県民にとって昼のうどん屋はコンビニ弁当よりも日常的な選択肢だ。行く店は適当に探す。ほとんどの県民は大体お気に入りのうどん屋を何店か持っているが、新しい店を気まぐれに開拓することもある。コンビニと同じくらいうどん屋があると言われる位だから、少し車で走っていればすぐに見つけられる。
程なくしてうどん屋はすぐに見つかった。高松市元山町にある「まつはま」というお店だ。駐車場は狭めで、店自体もやはり小さめなので、おそらくチェーン店ではないんだろう。中に入るとシステムはいたって普通のセルフ形式で、お盆をとってカウンターを横に進み注文を言い渡す。
別段気になることもないのに、店の内装をぼーっと眺めていたせいで、注文を言い渡す段階になっても何も考えていなかった。少し焦ったがとりあえず「かけ」の「中」を頼む。よっぽどのイレギュラーを除いて、どこの店にも必ず「かけうどん」はある。麺につゆをかけただけの最もポピュラーなうどんだ。何も浮かばなくてもこれだけ覚えとけばなんとかなる。朝食を抜いているので腹は空いている。揚げ物を2個ほど取っても「中」なら余裕で食べられるだろう。
注文を伝えると店員のおばさんが申し訳なさそうに答える。「え~と…小は一玉で…大は二玉なんですけど~…」そうなのか。そうなのかというのは驚きではなく了承の意味だ。うどんの注文はメニューと同時にサイズを申告するのが一般的だ。店によって小・中・大、もしくは一玉・二玉・三玉という表記の仕方がある。この店は小or大の表記だったというだけのことだ。大体の場合メニューに表記はあるので、ぼーっとしていた自分が悪い。なのでおばさんも本当は申し訳なさそうにしなくていいのだ。むしろこっちが申し訳ない。
いつもは中を頼むが、小か大の2択なら小では少し足りなさそうだ。大を頼んだ。注文したらその場でうどんを受け取るのだが、うどんが出てくるのに少し時間がかかりそうだった。とはいっても席に座って待つほどの時間でもない。少し横にずれて揚げ物を取り、先に会計を済ませていればうどんが出てくる。揚げ物はハムカツを取った。薄めだが大きな丸形だ。かけうどんの大が出てきた。
うお…でっか…
カウンターから出てきたそれは異様だった。器がやけに小さく見える。いや実際に器が小さいのか?麺がつゆに浸かりきっていない。麺が島になって水面から顔を出している。浮岳龍ヤマツカミを思い出す。突然のことに混乱するが、表に出すわけにはいかない。おばさんをこれ以上申し訳なさそうにするわけにはいかない。冷静な風を保ちながらうどんにネギをかけてコップに水を入れて席に着く。
とりあえずハムカツを一口食べてみた。美味い。けれども横のうどんが気になって仕方ない。存在の圧が強すぎる。このままハムカツを先に食べようものなら、その後うどんをハイペースで食べても終盤に伸びてしまうのではないか?仕方ないのでハムカツは置いてうどんを先に食べることにした。うどんを2本つまんですする。美味い。でも減らない。このうどん、明らかに量が多い。
いや、実際のところ最初に見たときから気付いてはいた。このうどんは量がおかしいのだ。何となく認めたくなかったのだろうか。もしこの量が見た目通りであれば、食べ終わるころにはしんどくなっている筈だ。時間帯はまだ昼、消化されるまで安静にしているのも勿体ない。値段も他店と比べてそこまで突出して高くはなかった。器がやけに小さいだけで、食べ始めてみたら意外と減るのは早かったりするのかもしれない。
いろいろ考えてみてもやっぱりうどんは多かった。トネガワの「刻むだろっ!普通もっと…!段階をっ…!」というセリフが浮かぶ。あとから冷静に考えるとおそらく一玉でも相当多いのだろうから、普通に刻んではいるのだろう。ただこの動揺の仕方はフィクションだと思っていた、実在するものだったとは。とにもかくにも目の前のうどんは現実に存在する。大人なのだから注文した以上は自分で食べなければ。そういえば揚げ物もまだ残っている。食べきるが数時間は安静だ。
うどん屋に存在する「玉」という単位はとても曖昧だ。店の設立者が桶からうどんをえいやっと一掴みしたら、その量がその店の一玉になってるんではないかと思う。「うちのうどん屋ではだれでもたらふく食えるんだ」この店の玉を決めた人はそういう思いだったのかもしれない。何から何まで値段が上がっていくこのご時世、その「玉」の単位を維持することには大変な苦労があるはずだ。大きい「玉」にはその店の思いが詰まっているのだと思う。そんなことを考えながら、腹はしんどくなったが心は暖かくなった。
「まつはま」さん、うどん美味しかったです。ごちそうさまでした。次は「かけ」の小で。